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東京高等裁判所 昭和25年(ネ)176号 判決

控訴人 被告 早川鉄工株式会社

訴訟代理人 大久保[光廣] 外二名

被控訴人 原告 横須賀企業株式会社

代理人 三輪寿壮 外五名

主文

原判決主文第一、二項を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金百五十万円を支払うべし。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を被控訴人、その一を控訴人の各負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は「原判決を左のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金千百七十万円を支払うべし、訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被控訴人訴訟代理人の事実上並びに法律上の主張は次のとおりである。

第一本訴請求原因。

(一)  被控訴会社は昭和二十三年六月二十五日訴外岩瀬鉄工株式会社(以下単に岩瀬鉄工と略称する)との間に、請負代金二百十万円工事資材は請負人持の約を以て電解槽、シーメンス式一五〇〇A三〇V型、毎時水素発生量四十八立方米、酸素発生量二十四立方米のもの六槽並びに瓦斯ホルダー百立方米水素用一基及び二十五立方米酸素用一基の製作の外各基礎据付工事、電解槽と瓦斯ホルダーの連絡パイプ工事、右に必要な設備等一切の工事を同年八月三十一日までに完成し、電解槽を運転し酸水素瓦斯をホルダーを通じた上、試験官と被控訴会社の試験を経て、被控訴人に引渡す旨の請負注文契約を結び、同時に右訴外会社に対し右請負代金の内金として金百五万円を支払つた。そしてその際控訴会社は被控訴会社に対し、右工事について右訴外会社において製作ができないものがあるか、または予定どおり工事が進行しないときは、同訴外会社を援助して右約定の竣工期までに工事を完成せしめることを約した。

(二)  ところが右工事は、前記約定の竣工期(昭和二十三年八月三十一日)を経過した昭和二十三年十一月になつても完成しなかつたところ、控訴会社の申出により同年十一月十日控訴会社は被控訴会社に対し、前記(一)の請負契約に基ずき岩瀬鉄工が請負人として負担する債務を重畳的に引受け、同訴外会社と連帯して右債務を負担すべきこと、且つ右工事を向う四十日間に完成すべきことを確約すると同時に、被控訴会社は右契約実行に資するため控訴会社の要望にしたがい、後日請負代金と清算することとして、手附金名義を以て金五十万円を支払つた。

(三)  しかるに岩瀬鉄工も控訴会社も右約旨に基ずく工事の完成引渡をしないので、被控訴会社は昭和二十四年三月十二日控訴会社に対し、右工事完成遅延のために被控訴会社の蒙る損害を一ケ月金二十万円として、同年一月以降工事完成引渡あるまで毎月これが支払をなすか、または被控訴会社の諸設備を控訴会社に引渡すべきにつき、同会社の株主の投資及び復興金融金庫(以下単に復金と略称する)よりの借入金を肩代りするか、二者いずれかの措置をとられたい旨申入れたところ、同年四月六日に至り控訴会社は被控訴会社に対し、前記工事を同年五月末日までに完成すること、及び同年二月以降工事完成して試験の上引渡を了するまで、毎月三十日限り金二十万円宛の違約金を支払う旨約したので、被控訴会社もこれを承諾し、ここに本件違約金支払契約が成立したのである。

そして同年四月三十日に控訴会社は被控訴会社に対し、右契約に基ずいて同年二月分の金二十万円及び三月分のうち金十万円計三十万円を支払つたが、その後の分の支払をなさず、しかも前記工事完成引渡期である昭和二十四年五月末日を過ぎても工事を完成しないばかりか、現在においてもこれが履行がないから、控訴会社に対し前記違約金契約に基ずき、昭和二十四年三月分の残十万円、及び同年四月分以降完成品引渡未了期間中の昭和二十九年一月分まで一ケ月金二十万円宛の違約金計一千百六十万円、右合計金一千百七十万円(原審においては昭和二十四年十二月分まで計金百九十万円を請求したが、当審においては右額に請求を拡張)の支払を求める。

(四)  仮りに前記昭和二十四年四月六日附の契約が純然たる違約金契約でなく、控訴人主張の如く消費貸借の予約であるとすれば、これを原因として同額の金員の支払を求める。

(五)  控訴人は前記請求原因(二)に記載する昭和二十三年十一月十日附の重畳的債務引受契約の成立した事実を一旦自白しながら(記録第五〇三丁表、昭和二十七年七月十四日附準備手続調書参照)、その後右自白を取消す旨主張するが、右自白の取消には異議がある。

第二控訴人の抗弁に対する反論(各項の番号は後記控訴人主張の抗弁各項に対応)。

(一) 本件工事に要する資材については一切被控訴人において現物または割当証明書を提供する約旨であつたとの控訴人主張は、これを否認する。(1) 鋼材はもともと訴外岩瀬鉄工が手配する契約であり、(2) 控訴人被控訴人間の昭和二十三年十一月十日附契約書(甲第三号証)によるも、石綿以外の工事用材料の供給は被控訴人において引受けないが、但しセメント切符だけは当局と諒解があるから(甲第十六号証の資本増加認可申請書に「資材名」の欄にセメントのみを記載せる点参照)、受取次第控訴人に提供する旨を明記されているのであつて、右セメント切符の交付を除いては一切控訴人側において手配する約旨であつたことは明らかで、右セメント切符はその後交付済である。右甲第三号証の作成約一ケ月後の控訴人から被控訴人宛返信(甲第五、第六号証参照)においても、「控訴会社において全面的に材料手配の加工等進め」ている旨を回答し、格別鋼材等の交付を要求していないのである。従つて本件工事資材提供の責任が被控訴会社側にあることを前提とする控訴人の抗弁は理由がない。

(二) 本件工事に要する資材、即ち鋼材、セメント、アスベスト等は当時統制品であつたことは、控訴人主張のとおりであるが、(1) 控訴人側(訴外岩瀬鉄工を含む。以下同じ)において既に右資材を確保しているということは、統制下においても往々あり得ることであるし、前述の如く現にこれが手配を完了している旨を返信してきているのである。従つて控訴人側の手持資材によつて賄う趣旨の下に本件請負契約が成立しても、それは当初から債務の履行不能なものを包蔵するとか、或は統制法規を紊だす違法行為を内容とするものであるとは謂えず、決して右契約に基ずく債権債務の成立にいささかの支障を及ぼすものではない。(2) そして若し控訴人側に手持資材がなく、従つて割当証明書によらなければ正規に入手が不可能であつたとしても、当時施行せられていた臨時物資需給調整法に基ずく指定生産資材割当規則第一条第二項に謂う需要者とは、「自己の使用に供するため指定生産資材を需要する者」を指称し、機械製作業者が発注を受けて機械を製作する場合には、製作業者が需要者として同規則第三条によりその割当を申請し得べきものである(甲第四十三号証参照)。ただ当時は申請から配給までに六ケ月近くを要する実状であつたから、製作業者は手持資材を利用して右配給期間のズレを埋めていたに過ぎない、従つて右規則施行の下においても、資材の調達は請負人においてするという約束があつたからといつて、当該請負契約は原始的履行不能のものでもなければ、違法行為を目的とするものでもない。もとより被控訴人としては闇で資材を調達すべき旨申入れたことはない。(3) しかも化学工業用諸機械及びその装置の製造販売修理を業とする控訴会社等が、本件契約締結当時、以上の点について錯誤があつたとは到底あり得る筈もなく、かりに法律行為の要素に錯誤があつたとしても、表意者に重大な過失があるものと謂うべきであるから、今更その無効を主張し得ない。

(三)  甲第八号証による昭和二十四年四月六日附契約が通謀虚偽表示であるとの控訴人主張事実は、これを否認する。元来右契約は前記請求原因(一)ないし(三)に詳説した経緯により締結せられたものであつて、右甲第八号証が復金に対する「見セ証書」でないことは疑う余地なく、現に控訴人は同号証の約旨に基ずいて昭和二十四年四月三十日現実に金三十万円を支払つて居り、被控訴人に対し本件請負契約の引渡期日の延期を申入れたことはあるが、右契約金の支払を拒絶したことはない。尤も当時被控訴会社が復金に借入金債務を負担していたこと、控訴人主張のような乙第六号証が控訴人から提示せられ、次いで甲第八号証が作成せられたことは認めるが、前者は後者の単なる案文に過ぎず、右甲第八号証に因る契約が真正に成立したものである。そしてかくの如く引渡あるまで月月一定の金額の支払を約した所以のものは、被控訴会社は人造宝石類の製造を主たる目的として設立された会社であり、本件機械の工事引渡の遅延により操業を開始することができず、莫大な損害を蒙つているので、その損害の一部を補填する趣旨においてなされたものであつて、その性質違約金契約に外ならない。なるほど右甲第八号証の契約書には、右金員は控訴会社の被控訴会社に対する援助金であつて、被控訴会社の経済の許す時期においてこれを返還すべきものであるかのような記載はあるが、工事請負人がその竣工期を遅滞したため違約金を支払うことを文書に表わすことは、面目上堪えないとの控訴人の要請にもとずき、かくの如き表現を用いたまでであつて、本来の趣旨は違約金であることに変りはない。

(四)  控訴人のこの抗弁の前提として主張する事実はすべて否認する。若し訴外岩瀬鉄工ないし控訴会社が、その主張の如き未経験且つ低技術であつたとすれば、控訴人等が却つて被控訴人を誤信せしめて本件請負契約を締結し、請負代金を騙取せんとしたといわれても仕方があるまい。岩瀬鉄工だけでは請負人として貧弱であつたればこそ、控訴会社の保証を求めたのである。

(五)  控訴人主張の(イ)ないし(ハ)の事実はすべて否認する。(イ)本件電解槽は新設計製作品ではない。従来いくらもある型で一定の規準があり、試験の方法にも一定の規準があることは、証人佐藤孫左ヱ門の証言に徴しても明らかであり、控訴人は昭和二十三年十二月二十八日附書面(甲第六号証)で、自信ある製作をしている旨申出ている。被控訴人の提供した図面が杜撰であつたというが、被控訴会社の図面で製作を請負つたものでなく、ゴムパツキングが寸法違いのため工事上手違を生じたというが、被控訴会社はパツキングの原料ゴムを供給しただけで、ゴムパツキングを提供したのではない。(ゴムパツキングの寸法に関し被控訴会社が注意したのに対し、控訴会社が却つて受入れなかつた経緯に関し甲第五、第六号証参照)。被控訴人としては徒らに厳格な完成品の履行を要求したものでなく、約旨にもとずく履行がなかつたのである。(ロ)甲第八号証による契約の成立経過は既述のとおりであつて、もともと被控訴人において工事資材その他を提供しない約旨であることは甲第一、第三、第六号証により明白で、(ハ)技術指導を拒否妨害した事実もない。要するに工事を完了しない責任は全部控訴人側にあり、控訴会社等において債務の本旨に従う履行ある限り、被控訴人においてこれを受領するに吝かでなく、右の受領によつて本件違約金支払債務も、自ら打切らるべき段階に到達できるのである。控訴人は被控訴人が本件請負契約の解除をしないで違約金の支払を求めることは、権利の濫用であるかの如く抗弁するも、債権者が債務者に対し契約の履行を求めるか、或は不履行を理由に契約を解除するかは、自由に選択し得べきところであつて、本件の場合前者を選んだからといつて、何等権利の濫用となるものでない。若し控訴人において本件請負契約の解除を欲するならば、その主張のような被控訴人の不履行を理由に解除すれば足りる筋合である。しかも控訴会社は被控訴人の度重なる履行の請求に対し、最後に昭和二十四年九月二十四日に至つてもなお同年十月末までに工事を完成すべき旨通告してきた程であつて(甲第十三号証の一、二参照)、一度も履行できない旨を通告してきたことはない。そして被控訴人において本件請負契約を解除しないのは新たに他と契約をするには多額の契約金を要し、その負担に堪え得ないと共に、控訴会社に対し債務不履行による損害賠償を請求しても応じないと推測せられるので、本件契約の履行を求めるのである。

なお同項(二)に記載する控訴人の主張は重大な過失により時機に後れて提出した防禦の方法で訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、却下を求める。――控訴人の右主張は、第一審において四回、第二審において十回以上の口頭弁論、しかもその中途でなされた準備手続終結後に提出されたのであるから、重大な過失に基ずくものと謂わねばならない。――若し却下せられずとすれば、右主張事実に対し被控訴人は下記の如く抗争する。即ち昭和二十四年十一月二十二日被控訴人と訴外東京電力株式会社との間の電力供給契約が解除されたことは事実であるが、事のここに至つた所以のものは、控訴会社側において度々本件電解槽の完成引渡を約しながら、最後の昭和二十四年十月末になつても履行がなかつたため、それまで電力供給契約を継続してきた右訴外会社から解除せられるに至つた次第で、その責は却つて控訴人側にあり、被控訴人が控訴人から本件電解槽の引渡を受けて右工場に設置するようになれば、右訴外会社と電力供給契約を締結するに何等の支障はない。なお同会社から送電設備を撤去せられた事実はない。また本件電解槽を設置すべき工場建物敷地は、被控訴人において昭和二十二年より昭和二十八年三月三十一日まで関東財務局横須賀出張所から賃借継続中で、昭和二十八年度以降についても貸付申請書を提出し、なお払下についても交渉中である。更に被控訴人は本件電解槽の製作等の債務並びに甲第八号証による債務につき控訴人において不履行の結果、苦境に陥つているが、何等破産状態にあるものでなく、控訴人等においてその債務を履行するにおいては、直ちに生産に着手する用意がある。現に本訴進行中にも昭和二十八年八月二十六日到達の書面を以て控訴人に対し、改めて同月三十一日までに本件電解槽の納入を求め、その承諾如何を一週間内に返信するよう要請したが、同年九月二十五日附甲第三十三号証のような回答に接したので、同年九月二十八日訴外横浜シルク貿易株式会社と協定、一面合成宝石の製造を企図すると共に併せてセンイ品の染色を計画中である。以上の如く若し控訴人側において本件電解槽を完成納入し、且つそれまでの契約金の支払をなすにおいては、被控訴会社としては決して操業運営は不能ではない。先ず控訴人側がこの義務を履行することこそ取引上の信義則に協うものであつて、自己の不履行を棚上げにして被控訴人の本訴請求を以て権利濫用というが如きは、信義則を要求する法の精神は却つて蹂躙せられる結果となるであろう。(なお昭和二十七年七月十四日附準備手続調書の記載によれば、被控訴代理人が「仮りに本件電解槽が完成していても違約金の支払と同時でなければこれが引渡を受けることができない」旨を述べた如く記載されているが、右趣旨は「たとい電解槽の完成引渡があつてもそれまでの違約金の支払請求は撤回できない」というにあつて、右調書の記載は誤記である。)

控訴人訴訟代理人の事実上並びに法律上の主張は次のとおりである。

第一請求原因に対する答弁。

前掲請求原因(一)の事実(ただし工事資材は請負人持との点を除く)並びに同(二)の事実中金五十万を受領したことは、これを認める。しかし後記の如く工事資材の代金は請負代金中に包含せられる約旨であつたが、当時統制品であつた右資材は注文者において現物またはこれが割当証明書を提供する約であり、また右(二)記載の如く昭和二十三年十一月十日控訴会社と被控訴会社との間に、被控訴人主張のような債務の重畳的引受契約の成立したことはない。即ち前掲(一)の援助契約にもとずき其の後右昭和二十三年十一月十日に至り、被控訴会社に対して控訴会社は岩瀬鉄工を監督援助して、本契約の日より四十日間に被控訴会社と右岩瀬鉄工との間に先に成立した請負契約を完遂せしめること、予定どおり工事を完成したときは、被控訴会社は控訴会社に金十五万円を提供し、右期間内に工事完成しないときは、控訴会社は右岩瀬鉄工と連帯してその責に任ずべきことを約したに過ぎず、従つて控訴会社は右昭和二十三年十一月十日附契約によつて、岩瀬鉄工の被控訴会社に対する前記(一)の請負契約上の債務を重畳的に引受け自ら請負契約の当事者となつたものでなく、唯側面的に援助協力すべきことを約したものに外ならない。尤も昭和二十七年七月十四日附本件準備手続調書(記録第五〇三丁表)中には、前記重畳的債務引受契約の成立を控訴人において自認したような記載あるも、右は誤記であるから、以上の如く訂正する。若し真実かくの如き陳述があつたとすれば、控訴人の従前の主張殊に屡次提出した準備書面の記載自体に徴しても明らかな如く、かかる自白は真実に反し且つ錯誤に基くから、これを取消す。同(三)の事実中昭和二十四年四月六日までに工事が完成しなかつたので、同日控訴会社と被控訴会社との間に「(イ)控訴人は全力を挙げて該工事の促進を図り、同年五月末以前にその完成を期するものとし、被控訴人は右工事促進のため、訴外渡辺伊三郎を控訴会社の嘱託員として派遣することを承諾する。(ロ)控訴人は同年二月以降契約工事完了し試運転引渡しまで、毎月金二十万円を被控訴人の経費中え援助するため、毎月三十日限り支払う。ただし被控訴人の都合により試運転中絶の期間は、右援助は行わない。(ハ)右援助金は被控訴人の借入金とし利息はつけず、試運転終了後被控訴人の経済の許す時期に速かに返済する。」との趣旨の契約書と題する書面(甲第八号証)を、作成授受したことがあり、この契約に基ずいて同年四月三十日、右二月分の金二十万円及び同年三月分の内金十万円計三十万円を被控訴人に手交したこと、並びに現在なお製品の引渡をしていないことは認めるが、その余の事実、殊に右四月六日附契約が被控訴人主張のような違約金契約であるとの点は否認する。右契約の趣旨は、工事竣工期を新たに昭和二十四年五月末日までと定め、同日までの短期間被控訴会社を援助する意味を以て、消費貸借の予約をしたまでであつて、違約金の支払を約したものでないことは勿論、右期間後も工事の完成引渡あるまで無期限に貸与を継続する約旨でない。

第二抗弁。

(一)  控訴会社に工事の完成引渡につき履行遅滞の責なし。――被控訴会社と前記岩瀬鉄工との間の請負契約においては、工事に要する資材は一切被控訴会社において供給する約であり、特に鋼材(電極板を含む)、アスベスト(石綿)、ゴム等当時統制品であつた諸材料については、請負者において入手することは至難であつたので、注文者たる被控訴人から現物若しくは割当証明切符を交付する約旨(尤もこれら資材の代金は請負者負担)であつたにも拘らず、これが提供がなかつたのであるから、右岩瀬鉄工ないし控訴会社としては、本件電解槽の完成引渡について遅滞の責なく、従つて仮りに昭和二十四年四月六日に被控訴人主張のような違約金契約が成立したとしても、右工事の完成引渡の遅滞を前提としてこの契約に基ずく金員の支払を求める本訴請求は失当である。因みに右の如く被控訴人が資材の提供を約しながらこれを履行しなかつた所以のものは、当時旧海軍技術廠の土地建物及び若干の施設を借受けた被控訴人は、その構内に蔵匿されてあつた多量の鉄鋼材を流用せんことを図り、既に復興金融金庫(以下単に復金と略称)に本件電解槽による事業遂行のため融資を申請するに当り、資材は全部保有しある旨の書類を提出してあつた関係上(乙第四号証参照)、資材の配給は今更申請もできぬ立場にあり、さりとてその頃恰かも隠匿物資の調査厳重で、被控訴会社代表者も調査報告を怠つた廉で摘発せられ、前示流用もできなかつた事情に基ずくものである。

(二)  本件請負契約は、原始的に履行不能のものを包蔵するか或は違法行為を内容とするもので無効であり、これが有効であることを前提とする本件違約金ないし援助金契約は、無効である。――仮りに被控訴人主張の如く本件請負契約において工事用資材は、請負者たる訴外岩瀬鉄工若しくは控訴会社において手持その他によつてこれを調達すべき約旨であつたとすれば、右工事に要する鋼材特に電極板に用うる磨き鋼板は、新品でなければ用をなさず、しかも当時施行せられた臨時物資需給調整法に基ずく指定生産資材割当規則その他の統制法規によつて、割当証明書によらなければ全く入手不可能の実状にあつた。しかも前記割当規則により需要者として割当を受け得る者は、最終的に自己の使用に供するため当該指定生産資材を需要するもの、即ち本件の如く他人のため指定生産資材を使用して生産品を供給する場合にあつては、注文者たるその他人つまり被控訴人がこれに該当する筋合である。しかるに被控訴人はさきに述べた如く、当局に対し本件電解槽の製作に要する資材は全部保有してある旨、当局に申告してあるため、自らはこれが割当申請をしないと共に、よしや請負者たる岩瀬鉄工がその割当申請をなし得るとしても、同一電解槽につき資材の割当を許可されることはあり得る筈はないのであつて、結局闇入手による外途なく、かかる統制違反を敢えてしてまで履行すべき責ありとは解し得ず、この点において本件請負契約は当初より履行不能のものであるか、かかる違法行為を内容とする無効のものであり、これを有効と信じて締結された本件援助金契約(被控訴人主張の違約金契約)は、要素に錯誤あるものとして、或は既にその前提たる請負契約が無効なる限り、その効力を発生するに由なきものである。なお被控訴人主張の如く、控訴人側において多小の手持資材を保有し一時これを流用したとしても、もとより後日被控訴人から資材の提供を受け得ることを期待したがためであつて、後日の配給を受け得られないとすれば、製作業者たる控訴人等は手持資材の凅渇により操業不可能となることは、見易い道理で、何でかかる特約の下に製作を引受けるが如き自殺的行為をするであろうか。

(三)  昭和二十四年四月六日附契約は、通謀虚偽の意思表示として無効である。――元来同日附の甲第八号証の作成直前に乙第六号証の契約書が作成されていたのであるが、当時被控訴会社は復金から、本件電解槽の工事等について多額の資金を借入れていたところ、復金からその返済並びに工事の完成方につき強硬な通達を受け、このまま放置するときは解散か破産を免れない窮境に立到つたので、ここに被控訴人は復金の態度を軟化させる方便として、被控訴人と控訴人との間に前記昭和二十四年四月六日附契約書(甲第八号証)に記載されている契約が存する如く仮装する必要を感じ、控訴人にこれを要請してきたので、控訴人としては工事遅延について何等責任はなかつたが、被控訴会社の窮状に同情し、また本件工事によつて控訴人が蒙つた損害の賠償を、将来被控訴人に請求する便宜を考えた結果、被控訴人の要請を容れ両者通謀して、さきに一応当事者間で作成真意に基ずく合意のあつた乙第六号証の契約条項(一)を、右甲第八号証の条項(一)のとおり変更されたものの如く記載し、復金に対する見せ証書として右甲第八号証を作成したに過ぎないから、かかる証書による契約は全体として、通謀虚偽表示として無効である。

(四)  公序良俗違反の抗弁――訴外岩瀬鉄工は本件工事の如き化学工業機械の製作については全く未経験で、この困難性の認識に甚しく欠除していたものである。しかるに被控訴人は将来の多額の注文を示唆し、なお資材供給技術指導をなすべし等甘言を以て同訴外会社を誘い、工事の困難資材の不足を顧みる暇あらしめず、不当に安い請負代金で契約をさせるに至つたもので、換言すれば被控訴人は訴外岩瀬鉄工代表者岩瀬松一の無智に乗じ、不当不法の契約をなして利を得んとしたものである。しかも訴外岩瀬鉄工の工事遅延するやこれを責めるに急にして、更に見せ証書と目すべき覚書(甲第二号証)の責を問うて訴外岩瀬鉄工と同じく化学機械製作に無経験なる控訴人を渦中に引き入れ、苛酷極まる援助金を約せしめ(甲第八号証の契約)、遂にはその上に胡坐して多額の援助金支払のみを求めるに至つては、後述する如く権利濫用の甚しいものであつて、かくの如き事情の下に成立せしめた本件請負契約、ないしこれが履行を目的とした援助金契約の如きは、「相手方の軽率または無経験に乗じ自己のなした給付に対して財産的利益を約束若しくは供与せしめる法律行為で、その財産的利益がその当時の事情に従い著しく権衡を失する程度にその給付の価格を超過する」ものに該当し、善良の風俗に反し無効と解すべきものである。(独民法第一三八条、物価統制令第一〇条参照)

(五)  信義則違反ないし権利濫用の抗弁――

(イ)  本件請負契約に定める工事内容については、ただ契約書(甲第一号証)並びに訴外岩瀬鉄工の提出した見積書(乙第一号証)に記載するのみで、極めて素樸杜撰なものである。工業用電気分解装置として相当複雑精密な構造を有すべき本件電解槽について、かような簡単な定めをしたのでは製作者の拠るべき規準が定まらず、しかも約旨によれば被控訴人及び試験官の審査を以て契約に適合するや否やを定める如くであるけれども、その審査の標準も明定されていないから、請負者の遵守すべき製品規格の限度は不定であり、注文者の恣意によつてその合否を決せられる恐れが多分にある。そして契約書によれば、被控訴人の提供する仕様書、材料明細書図面は本来参考に過ぎないものであるけれども、請負者としては一応これに標準をとつて工事を行う外ないのであるが、提供された図面は甚だ杜撰で寸法に誤りがあつたり、ゴム製品(パツキング)の寸法が適合せず、為めに工事上手違をきたし完成を遅らせたことが多い実状であつたが、控訴人側としては幾度か期限を約して工事の完成に努力し、屡次に及ぶ失敗或はこれによる損害を累加負担しつつも、請負者としての責任を果すべく工事を続け、昭和二十四年八月九日一応完成した工事について被控訴人の委嘱する技術者佐藤孫左ヱ門の検査を受けたけれども不合格となり、結局厳格な要求を持する被控訴人の承認する成果を挙げることができず、己むなくこれを引取り、爾来被控訴人の協力を得られないまま業者としての信用保持上放置することもならず、鋭意完成に努力を継続し、その間控訴人の支出した工事費用その他の損害を加算するときは、既受取代金を控除するもなお数百万円に達する実状であつて、かくの如き事情の下において不履行の責を一切控訴人側のみに帰せしめ、契約の解除をもしないでその間違約金の支払を余儀なくせしめることは、酷に失するのみならず、反面において、

(ロ)  元来前記昭和二十四年四月六日の援助金契約は、本件工事進行の困難性に鑑み、被控訴人において資材の援助、技術上の指導を約し、両者協力一致して工事の進捗を図るとの紳士協約の下に成立し、そして被控訴人のかかる協力あるにおいては、右契約に定める同年五月末日までには工事の完成引渡をなし得るものと双方共確信し、右期日に引渡あるまでの期間を限度として、所定の援助金を支払う(消費貸借の予約)ことを約したものであつて、右期日後も事情の如何に拘らず引渡あるまで無限に援助金の支払を約したものでない。

(ハ)  しかるに一旦前叙援助金支払契約成立するや、被控訴人はこれに胡坐して約旨に基ずく協力をすることなく、表面的には控訴人に対し厳格なる履行を要求して、前叙の如く昭和二十四年八月九日検査不合格を理由にこれが受領を俊拒したので、控訴人において已むなくこれを引取り、なおもその完成を期するため右試験の翌日、斯界の権威者佐藤孫左ヱ門に乞うてその指導を仰ぐべく、被控訴会社工場担当者橘田多里にその紹介を依頼したが応ぜられず、しかも同月十六日頃被控訴会社代表者金子靖夫は、右佐藤を招き本件工事につき控訴会社の者に指導や協力を与えざるよう勧告した事実あり、かくの如きは被控訴人において却つて工事を遅延せしめて、前記援助金の支払を受けんことを企図しつつあるものと、解せざるを得ない。

(ニ)  (以下の事実は昭和二十八年九月三十日の口頭弁論期日に始めて主張)その他被控訴人が施設せんとする本件電解槽についての所要電力は、訴外東京電力株式会社から供給を受けることになつていたが、昭和二十四年十一月二十二日に至り右訴外会社より、本件電解槽を設置すべき被控訴人の横須賀工場に対する電力供給契約を解除せられると共に、送電設備も撤去せられ、該工場の土地建物は国有で、被控訴人においてこれを関東財務局横須賀出張所から、期間を昭和二十五年三月末日までと定めて賃借中であつたが、右期間も更新されず同庁から右土地建物の返還を迫られて居り、いずれも将来従前の契約を継続維持すること不可能な実状である。しかも被控訴会社は人造宝石の製造を目的とする会社ではあるが、その資産信用は既に昭和二十四年五、六月頃において全く喪失凅渇して破産状態に陥り、仮りに控訴人において本件電解槽を完成納入しても、運営不能の実状にある。かくの如き情況の下にありながら、なおも本件請負契約を解除することなくこれを維持し、該契約を前提とする昭和二十四年四月六日締結の月額二十万円の資金援助に関する契約に藉口して、本訴請求に及ぶが如きは、単に彼我の損害を累加する以外何等の意義なく、被控訴人は前記援助契約成立以後も、表面は依然電解槽の完成引渡を要望するものの、その意図するところは月額二十万円宛の援助金(被控訴人主張の違約金)の獲得にあることを物語るものである。

凡そ権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実になすを要し、権利の濫用は許されない。今この見地に立つて前記(イ)ないし(ニ)摘記の事実関係を眺めるとき、前記の如く終始忠実に完成品の履行に努めつつある控訴人が、如何に終期を工事の完成引渡に至るまでと定めて月々一定額の援助金(被控訴人主張の違約金)の支払を約したからといつて、相手方たる被控訴人において(イ)契約規格の不明確に乗じて厳格な完成品の履行を要求し、(ロ)及び(ハ)自らは技術の指導、資材の援助等約旨に基ずく協力をなさず却つてこれを妨害し、以て故意に工事の完成引渡遅延を誘引してその責を控訴人にのみ帰せしめ、右完成引渡のあるまで(この引渡について被控訴人の厳重な検査を要すること既述のとおり)無期限に月々莫大な額に上る契約金の支払を強要するが如きは、信義を無視するも甚だしく、更に前記(ニ)において詳述したとおり、既に昭和二十四年十一月当時において被控訴人は、本件電解槽の引渡を受けてこれを運営する資力、能力を欠如し、これが引渡を求める何等の利益なきに拘らず、契約の解除等控訴人の責任を軽減する措置をとることなく、前記莫大な契約金の獲得を企図するが如きは、正に権利の濫用と目すべきものである。

かく考えると本件昭和二十四年二月を起算月とする月額二十万円の契約金の支払請求は、(A)控訴人、被控訴人において双方の協力によつて完成引渡あることが絶体に可能なりと確信せられた、同年五月末日までの分に局限せらるべきであり、(B)或は少くとも被控訴会社代表者において前記(ハ)記載の如く工事完成妨害の挙に出でた同年八月十六日限り打切らるべきものと信ずる。(C)更に前記契約金なるものはその契約の趣旨において、被控訴人が本件電解槽の引渡を受けてその事業の運営をなすことを前提とし、右未引渡の期間一定の援助金を支払うことを約したに過ぎないところ、前記(ニ)記載の如く被控訴会社は、昭和二十四年十一月当時既に本件電解槽を使用して事業を営む能力を喪失し、その引渡を受くべき事業上の利益は存しなくなつたのであるから、本件援助金を請求する利益も同時に喪失し、本訴請求は右範囲において失当である。

なおこの項(ニ)の当審における控訴人の主張に対し被控訴人は、重大な過失により時機に後れて提出した防禦方法で訴訟の完結を遅延せしめたものであるから、との理由で、却下を求めている。しかしながら控訴人の右主張は、その事実自体はなる程昭和二十四年或は同二十五年に発生した事実関係に基ずくものであるが、その内容は被控訴会社と東京電力株式会社或は関東財務局との間の関係であつて、控訴人の関与したものでなく、控訴人がかかる事実につき示唆を得たのは、最近における和解折衝の折であつて、更に調査の結果漸く真相を知り得たので、直ちに右主張をなすに至つたものである。故に控訴人の右防禦方法は、何等控訴人の重大な過失により時機に後れて提出したものでない。また他の争点等についての立証も許されるとすれば、前示新たな防禦方法についても、これと併行して審理することにより特に訴訟を遅滞せしめることには当らないと信ずる。よつて被控訴人の右訴訟手続上の抗弁は理由のないものである。

証拠として

被控訴人訴訟代理人は、甲第一ないし第十二号証、第十三号証の一、二、第十四、第十五号証の各一ないし三、第十六号証の一、二、第十七ないし第十九号証、第二十号証の一、二、第二十一号証、第二十二号証の一ないし三、第二十三ないし第二十五号証、第二十六号証の一ないし三、第二十七ないし第三十号証、第三十一号証の一、二、第三十二ないし第三十六号証、第三十七号証の一ないし三、第三十八、第三十九号証、第四十号証の一、二、第四十一ないし第四十四号証を提出し、右甲第四十四号証は本件記録第二九一丁及び第三二七丁に編綴の控訴人提出の明細書の一部であると附陳し、当審証人柴山秀夫、同小野伝次郎(第一、二回)、同橘田多里(第一、二回)、同渡辺伊三郎(第二回)の各証言、当審検証の結果、並びに原審及び当審(第一ないし第四回)における被控訴会社代表者金子靖夫の尋問の結果を援用し、乙第一、第三、第四、第七、各号証及び乙第十一号証の一ないし十四の成立につき不知を答え、その余の乙号各証の成立を認め、

控訴人訴訟代理人は乙第一ないし第九号証、第十号証の一、二、第十一号証の一ないし十四を提出し、乙第十一号証の一ないし十四は、本件請負契約に際し被控訴会社から岩瀬鉄工株式会社に交付された図面を同訴外会社で復写したものである。と附陳し、原審証人岩瀬松一、同三門富三郎、当審証人岩瀬松一(第一、二回)、同三門富三郎、同宮前正一(第一ないし第四回)、同大師堂達郎、同佐藤孫左衛門、同渡辺伊三郎(第一、二回)、同新井金五郎、同朝倉悦郎、同沢崎正夫の各証言、当審検証の結果、並びに当審における控訴会社代表者早川市蔵の尋問の結果を援用し、甲第二十二号証の一ないし三、第二十四、第二十五号証、第二十六号証の一ないし三、第二十七号証、第三十二、第三十五号証、第三十八、第三十九号証、第四十号証の一、第四十一ないし第四十三号証の各成立につき不知を以て答え、第四十四号証は控訴人の作成提出した文書であること並びにその余の甲号各証の成立を認めた。

理由

一、昭和二十三年六月二十五日(1) 訴外岩瀬鉄工株式会社(以下単に岩瀬鉄工と略称する。)が被控訴会社の注文にもとずき同会社との間に、請負代金二百十万円を以て、電解槽シーメンス式一五〇〇A三〇V型、毎時水素発生量四十八立方米、酸素発生量二十四立方米のもの六槽、並びに瓦斯ホルダー百立方米水素用一基、及び二十五立方米酸素用一基の製作と、その外に各基礎据付工事、電解槽と瓦斯ホルダーの連絡パイプ工事、右に必要な設備等一切の工事を同年八月三十一日までに完成し、電解槽を運転して酸水素瓦斯をホルダーに通じ、試験官及び被控訴会社の試験を経て被控訴会社に引渡す旨の、機械製作並びに工事請負契約(資材調達の責任は注文者請負人のいずれの側にあつたかは後に判断する)を結び、同時に右請負代金の内金として金百五万円を受領したこと。並びに(2) その際控訴会社は被控訴会社に対し、右工事について右岩瀬鉄工において製作ができないものがあるか、または予定どおり工事が進行しないときは、同訴外会社を援助して右約定の竣工期までに工事を完成せしめることを約したことは、当事者間に争がない。

二、しかして右工事は前記約定の竣工期たる昭和二十三年八月三十一日を過ぎた同年十一月十日になつても完成しなかつたことは、控訴人の認めるところであるが、被控訴人は、右十一月十日に至り前示のような関係から控訴会社において被控訴会社に対し、前示一、の請負契約に基ずいて訴外岩瀬鉄工の負担する債務を重畳的に引受け、同訴外会社と連帯して右債務を負担すべきこと、且つ右工事を向う四十日間に完成すべきことを確約すると同時に、手附金名義を以て内金として金五十万円を控訴会社に支払ったと主張し、この点に関する控訴人の自白を援用するに対し、控訴人は右金五十万円の授受は認めるが、前記昭和二十三年十一月十日附の契約は、被控訴会社に対し控訴会社が岩瀬鉄工を監督援助して、本契約成立の日より四十日間に被控訴会社と岩瀬鉄工との間に先に成立した請負契約(前示一、判示の契約)の工事を完遂せしめること、右期間内に工事が完成しないときは控訴会社は右岩瀬鉄工と連帯してその責に任ずべきことを、約したに過ぎず、決して右請負契約上の債務を重畳的に引受けたものでない。と抗争し、この点に関する被控訴人の主張事実を全面的に自白したこともなく若し自白とみらるべき陳述があつたとすれば、右は真実に反し且つ錯誤に基ずくから取消す旨主張する。

しかし本件記録第五〇三丁表、昭和二十七年七月十四日の準備手続調書の記載によれば、同日の準備手続において控訴人訴訟代理人は、前掲被控訴人主張の重畳的債務引受の事実を自白していることは明らかである。そこで右自白の内容が真実に反し且つ錯誤に基ずくか否かについて考うるに、成立に争のない甲第三号証、同第四号証、原審及び当審(第一回)における被控訴会社代表者金子靖夫の尋問の結果、その他後記認定の如く右甲第三号証による契約成立後において控訴会社と被控訴会社との間で本件電解槽の製作、工事の完遂に関してなされた諸般の交渉経過等に鑑みるときは、右契約においては控訴会社は、単に請負者たる訴外岩瀬鉄工を監督援助して約定の四十日の期間内に工事を完成せしむべく、若し完成しないときは右岩瀬鉄工と連帯して責任を負うのみならず、自らも請負者と同一の責任を以て右工事を完遂すべきことを約し、これが契約手付金として金五十万円を受領した事実を認め得べく、右認定を覆すに足りる証拠はない。してみると右契約によつて、被控訴人主張の債務の重畳的引受契約成立したものと謂うべく、結局控訴人の前記自白の内容は真実に反するものとは認められないから、右自白の取消は許容できない。

尤も被控訴人の本訴請求は、右被控訴人主張の債務の重畳的引受契約を原因として控訴人に対し、前示請負契約上の本来の債務、即ち本件機械の製作、工事の完成引渡を訴求するものでなく、後記三、において説示する如く、昭和二十四年四月六日当事者間において成立したという違約金契約に基ずいて、前示請負契約上の義務不履行(債務の重畳的引受ありや否やを問わず)を前提として金員の支払を求めると謂うにあるから、少くとも控訴人の前記主張自体によつて明らかな如く、前示五十万円の授受並びに昭和二十三年十一月十日被控訴会社に対して控訴会社が、岩瀬鉄工を監督援助して四十日間に前示請負契約を完遂せしめること、及び右期間内に工事が完成しないときは控訴会社は、右岩瀬鉄工と連帯してその責に任ずべきことを約したことを、控訴人において自認する以上、進んで債務の重畳的引受契約成立したりや否やについては、本訴請求の当否を断ずる上において敢えてその必要を見ないことを附言する。

三、(本訴請求原因)

そこで本訴請求原因として被控訴人の主張する、昭和二十四年四月六日附の違約金契約の成否について、判断する。

成立に争のない甲第八号証(昭和二十四年四月六日附契約書)、同第五、ないし第七号証、並びに乙第六、第八号証、当審証人小野伝次郎(第一回)、原審及び当審証人三門富三郎(ただし同証人の証言中後記認定に反する部分を除く)並びに原審及び当審(第一、二回)における被控訴会社代表者金子靖夫の尋問の結果を総合するときは、次の事実を認めることができる。即ち(一)前示昭和二十三年十一月十日の契約により控訴会社は、右契約成立の日から四十日間内に本件工事の完成引渡を約したにも拘らず、右期日を過ぐるもその履行がないため、被控訴会社はその目的とする事業の遂行上毎月多大の損害を蒙る一方、本件電解槽等事業設備拡張のための資金借入先である復興金融公庫(以下復金と略称する)に対する信用保持上、放置できない立場に立到つたところから、同年十二月二十三日頃控訴会社に対し厳重な督促を発し(甲第五号証)、これに対し控訴会社は同月二十八日附を以て、工事進行の経過を述べてその諒解を求めると共に、大体翌年一月二十五日頃には納入できる見込なる旨を回答したこと(甲第六号証)。(二)しかるにその後も履行なきため、これが善処策として昭和二十四年三月十二日頃被控訴会社は控訴会社に対し、本件工事遅延のため操業がおくれ、その間の技術者の雇傭その他の経費及び復金えの支払利息等で、月額二十万円を空費するのみならず、貿易庁や復金にも不信を重ねることとなるから、工事完了まで月額二十万円宛を控訴会社において負担するか、若しこれに同意できないならば被控訴会社は解散の外はないから、この際諸設備を引取つて株主の投資と復金の借入金の肩替りをして貰いたい旨申入れ(甲第七号証)、(三)その間被控訴会社代表者金子靖夫と控訴会社常務取締役三門富三郎、その他の関係者間で種々折衝の結果昭和二十四年四月六日、控訴人側としては本件工事の技術上の困難性に鑑み、注文者たる被控訴人側においても技術上の協力をなすべきことを明確にした上、援助金名義で大体被控訴人の第一案の申入れに応ずるような契約書の草案(乙第六号証)を作成提示したが被控訴人側としては好意的に技術上の援助をすることを諒承しつつも、これを積極的に拘束を受くべき協力義務として契約面に明示することを欲せず、結局この点に関し一部修正されたもの、即ち「(イ)乙(控訴会社以下同じ)は全力を挙げて契約工事の促進を図り、昭和二十四年五月末以前にその完了を期するものとする。甲(被控訴会社以下同じ)は右工事促進のため、渡辺伊三郎氏を乙の嘱託とすることを承諾する。(ロ)乙は昭和二十四年二月以降契約工事完了し試運転引渡しまで、毎月金二十万円を甲の経営費中え援助するため、毎月三十日限り支払うものとする。(ハ)前項援助金は甲の借入金とし利息は付せず、試運転終了後会社の経済の許す時期に、速かに返済するものとする。との趣旨の契約書(甲第八号証)を作成合意し、右援助金名義の下に同年四月七日金三十万円の授受(二月分及び三月分のうち金十万円。右金員の交付については当事者間争がない)のあつたこと。(四)右甲第八号証による契約金については、援助金なる名称を用い、無利息、所謂出世払なるかの如き記載はあるが、抑も右契約金なるものは前示経緯の如く、控訴人側の度重なる履行遅滞に鑑み、且つは将来の履行を確保するため、昭和二十四年二月に溯り同月以降右引渡あるまでの間、被控訴会社において蒙る損害を月額金二十万円と予定してこれが支払を約したもの、即ちその実質は賠償額の予定と推認すべき違約金であつたが、業者として違約金なる名称を契約書面に表示することは避けたい、との控訴人側の要請により、前示の如き表現となつたものである。前記三門富三郎の証言中右認定に反する部分は採用し難く、その他控訴人の提出援用の全証拠を以てするも、前示認定を左右するに足らない。(甲第八号証による契約が通謀虚偽表示であるとの控訴人主張の抗弁については後に判断する)。

四、控訴人主張の抗弁についての判断。

(一)  について。

本件工事の請負契約締結に際し、鋼材、セメントその他の資材については当時統制品であつた関係上、注文者たる被控訴人においてこれが現物または割当証明書を提供する約であつたに拘らず、その提供がなかつたから、訴外岩瀬鉄工ないし控訴人において本件工事の履行遅延についての責任はないと控訴人は主張し、原審及び当審証人岩瀬松一、同三門富三郎その他控訴人援用の各証人の証言中には右主張事実に照応する供述があり、本件当初の請負契約書たる成立に争のない甲第一号証にはこの点につき特段の記載はないが、その後昭和二十三年十一月十日附で控訴人被控訴人間で作成授受された成立に争のない甲第三号証によると工事材料に関し「(ロ)甲(被控訴会社以下同じ)は現在買入れある石綿を乙(控訴会社以下同じ)の請求あれば引渡すも、その代金は工事費中より差引するものとす。(ハ)甲はその他に関し工事上材料その他の供給を引受けざるも、セメント切符は当局と諒解あるに付受取次第乙に提供する。乙の要求あればパツキングに関し本日までの交渉経過を説明し照介するものとす。」と明記し、これに対し控訴人側も了承済であることは明らかであり、石綿等についてもその引渡のあつたことは原審証人岩瀬松一の証言により認め得べく、現に右甲第三号証作成後一ケ月あまり経過した昭和二十三年十二月二十八日附控訴会社から被控訴会社宛の工事遅延に関する回答書(成立に争のない甲第六号証)の文面中にも、「控訴会社においても全面的に材料手配の加工等進め――」とあつて、格別鋼材その他資材の交付を要求していないこと等に鑑みれば、資材は現物または割当証明書を以て注文者たる被控訴人において提供する約であつたとの、前掲各証人の証言は採用し難い。

尤も原審証人岩瀬松一の証言によりその成立を認める乙第一号証(見積書)によれば、斜線のかかつた部分に「条件、鋼材及びセメント配給切符は御支給のこと」と記載され、右記入が同証人の供述するような事情に基ずくものであり、これと同一見積書が被控訴会社に交付されたものとしても(被控訴人に交付されたという他の一通につき、控訴人はその提出命令を求める旨の書面を提出し、右は口頭弁論においてその陳述はないのであるが、この点に関し甲第一号証の請負契約書の作成と共に右見積書を控訴人に返還したという被控訴会社代表者金子靖夫の当審第二回の供述を措信できず、従つて被控訴会社がなお右文書を所持するものと推認され、右口頭弁論外において提出された書面による文書提出命令が許容され得るとしても)右は単なる請負人の希望条件を記した見積書に過ぎず、この点に関し前顕甲第一号証、甲第三号証、甲第六号証によつて認め得る前示認定を左右し得るものでない。また成立に争のない乙第二号証によれば、前示当初の請負契約(昭和二十三年六月二十五日附)の履行期を過ぎた同年九月十六日附書面を以て、前示請負者たる岩瀬鉄工株式会社代表者岩瀬松一は被控訴会社代表者金子靖夫宛、同人からの厳重な工事完成の督促に対する回答として、工事進捗のため鋼材及びセメント割当証明書の交付を求めた事跡あるも、成立に争のない甲第十八号証によれば、逸早く同月二十六日附で右は約旨に反する旨回答が発せられて居るし前示認定の諸般の経緯に鑑み右乙第二号証も、前記控訴人主張事実を支持する証左となし難い。或は鋼材その他の主要資材も悉く請負人の手持ないし闇入手で賄うとすれば、本件請負代金では採算のとれぬことは必然であり、請負業者としてかかる愚を敢えてする者はないと反論するかもしれないが、原審及び当審証人岩瀬松一、当審証人新井金五郎の各証言の一部、当審証人柴山秀夫の証言を総合すれば、本件のような工事は岩瀬鉄工としては未経験ではあつたが、多少資材の手持はあり且つこの工事完成した暁には、引続き被控訴会社からも新しい工事の注文を受けられるからということで、多少のぎせいを見越しても資材は請負人持との被控訴会社の申出を、安易に引受けたものであることを推認するに難くなく、ただ前掲各証人の証言を対比して考えれば、資材は請負人持の約旨であつたところ、実際に工事を続けているうち予想外に資材面に困難を来たし工事難行するに及び屡々その支給方を要求するに至つた経緯を、窺知し得るに過ぎない。従つて資材の提供につき控訴人主張のような特約のあつたことを前提とし、控訴人側に不履行の責なしとするこの抗弁は理由がない。

(二)  について。

本件機械の製作工事に要する資材即ち鋼材、セメント、アスベスト等は、当時配給統制物資であつたことは当事者間に争のないところであるが、請負人がこれら資材を自己の手持その他正規の方法で調達することを約したからといつて、これがため請負契約そのものが履行不能若しくは違法行為を目的とする無効のものとは解し得られない。かかる統制品目等についても過剰物資等在庫品活用規則(昭和二三年三月二三日施行)によれば或る限度の保有は認められていたものであるし、機械器具そのものが統制品である場合は格別、これが製作に要する資材についてはその製作業者も亦、指定生産資材割当規則(昭和二三年六月一五日施行)上需要者として、その割当申請をなし得るものと解するを相当とするからである(当裁判所が真正に成立したと認める甲第四十三号証参照)。尤も割当申請をしたからといつて事実上割当を受けることの困難性については、控訴人の指摘するとおりであるにしても、それは岩瀬鉄工若しくは控訴人側において事を安易に考え、自己の責任においてその調達を引受けたことに因るものであつて、原始的に履行不能のものあるとは謂い得ず、また闇行為によつて調達すべきことを約せしめたというが如き事跡の認められない本件にあつては、違法行為を内容とする請負契約であるとも断定できない。以上の理由によりこの抗弁は到底採用できない。

(三)  について。

昭和二十四年四月六日附契約(甲第八号証)の成立経緯については、前示三、において詳細説示したとおりである。当時被控訴会社が復金から本件工事等の事業設備につき多額の資金を借入れ、これが返済並びに工事の完成方につき強硬な通達を受けていた事情にあつたことは、被控訴人の争わないところであり、被控訴人としても他面復金に対し、工事完成の見込確実なることを証明してその諒解を求める必要のあつたことは、否めない事実であろう。このことは前示三、認定の諸般の経過に照らしても窺えるところである。しかしながらこのことから直ちに、前示経緯を経て締結せられた契約が、単に復金の態度を軟化させるための方便として当事者間相通じてなされた虚偽の意思表示である。との言分は如何にも首肯できないところであつて、原審及び当審証人三門富三郎、同岩瀬松一等のこの点に関する証言は採用し難い。なお前示三、において認定した経緯の如く、甲第八号証の草案として控訴人側から提示された乙第六号証の文面中「(一)甲(被控訴会社)並びに乙(控訴会社)は一致協力して契約工事の促進を図り、昭和二十四年五月末以前にその完了を期するため、渡辺伊三郎氏を乙の嘱託として技術に協力をなす」とある部分を、甲第八号証の第一項において「乙(控訴会社)は全力を挙げて契約工事の促進を図り、昭和二十四年五月末以前にその完了を期するものとする。甲(被控訴会社)は右工事促進のため渡辺伊三郎氏を乙の嘱託とすることを承諾する。」と修正されている点を捉えて、前者は当事者の真意に基ずくものであり、後者の修正の部分は仮装であると控訴人は主張するものの如くであるが、右修正の理由は前説示のとおりであつて、後者によつても、被控訴人は好意的には技術上の援助をなすべきことを諒承していたことを窺い得べく、結局控訴人としてもこれに信頼して右修正に同意したものであるし、かかる修正は復金に対する関係において何等かの関連を持つものとも考えられないから、右修正点を特に捉え来つて、この部分を仮装行為とし、ひいて甲第八号証の他の契約条項全体の無効を主張するのは、筋が通らぬことである。

(四)  について。

本件請負契約並びに昭和二十四年四月六日附甲第八号証による契約を目して、公序良俗に反する無効のものであるとの控訴人主張の抗弁を、裏付ける諸般の事実については、後記(五)において説示する限度において、これを窺知し得るに止まり、控訴人の主張するように善良の風俗に反すると目すべき特段の事情を肯認し得る資料もなく、この程度の相手方の不信行為を以てしては、後述する如く信義則上その権利の行使を無制限に許容せらるべきでないと解すべきは格別、前示契約を以て「相手方の窮迫、軽率または無経験に乗じ自己のなす給付と著しく権衡を失する程度に財産的利益を約せしめる」所謂暴利行為として、全部無効と断定できない筋合であるから、この抗弁も採用しない。

(五)  について。

本件請負契約並びに違約金契約の成立経過に関し上来認定した諸般の事実、並びに成立に争のない甲第十一、第十二号証、第十三号証の一、二、第十五号証の一ないし三、第二十一号証、当審証人橘田多里の証言によりその成立を認める乙第三号証、原審及び当審証人岩瀬松一(当審は第一、二回)、同三門富三郎、当審証人新井金五郎、同宮前正一(第一ないし第四回)、同佐藤孫左衛門、同渡辺伊三郎(第一、二回)、同橘田多里(第一回)の各証言、当審における控訴会社、被控訴会社各代表者の尋問の結果を総合すれば、訴外岩瀬鉄工ないし控訴人側において、結局本件工事の履行を遅滞している事情その他につき次の各事実を認めることができる。即ち

(イ)工業用電気分解装置として相当複雑精密な構造を有すべき本件電解槽の製作工事については、相当高度の技術と経験を要すべきものであつて、訴外岩瀬鉄工はその技術と経験において欠けるところがあり、当初から被控訴会社においてもこの点を危惧していたのであるが、右岩瀬鉄工代表者岩瀬松一はこの点につき極めて安易に考え、且つは将来も被控訴会社から多額の注文を受け得られるということであつたので、多少の犠牲を顧みず比較的廉価の請負代金で右工事を請負うこととなり、被控訴人の申出のまま製品規格についても十分な定めをなさず、被控訴人の提供する仕様書、材料明細書、図面を参考として工事を完成すべく、しかも右工事の契約の趣旨に適合するや否やについては、試験官及び被控訴会社の審査を受くべき約旨で、前示一、の請負契約が成立するに至つたのである。

(ロ)控訴会社は前記岩瀬松一が元控訴会社の従業員であつた関係から、前示請負契約の締結に際し右岩瀬鉄工の請負工事を援助する旨を約したものであるが、約定期間に工事が完成しないところから被控訴会社の要請により、昭和二十三年十一月十日前示二、の契約締結を余儀なくされ、右岩瀬鉄工と共に極力工事の完遂に努めたけれども、奈何せん右工事に要すべき精巧な資材の欠乏と技術能力の不足のため、またまた完成するに至らず、被控訴人の厳重な督促に遭い遂に昭和二十四年四月六日被控訴人との間に、前示三、の契約をも応諾せざるを得ない窮境に立到つた。

(ハ)右昭和二十四年四月六日の契約締結に際し控訴会社側は、今に至るも完成できない主たる理由は資材並びに技術面の不足にあることを痛感し、被控訴人に対し特に技術上の援助を懇請し、契約書の作成に当つても被控訴人側の技術上の協力義務を明確にした乙第六号証の草案を提示したが、結局右は甲第八号証の如く修正されたものの、好意的には右技術上の援助を約したので、控訴人も右好意ある態度に信頼し、この援助を受け得れば約定の同年五月末頃までには完成できるものと確信し、被控訴人の申出通りその完成引渡あるまで月額二十万円というが如き多額の金員の支払をも、承諾したものである。

(ニ)ところが控訴人はその期待した技術上の援助も得られないまま鋭意工事を続け、同年八月上旬一旦完成したものとして被控訴人側及びこの道の権威者佐藤孫左衛門の試験を受けたが、不合格となつたので、控訴人も已むなく引取り、重ねて援助を求めたがその効なく、(その頃被控訴会社代表者金子靖夫が右佐藤孫左衛門に対し、控訴会社から君を紹介してくれと云つてきたがそんなことは構うことはない。と明言したことは右佐藤孫左衛門の証言するところである。)同年八月下旬本訴を提起されながらも、同年九月二十四日附書面(甲第十三号証の一、二)を以て同年十月末までには完成引渡の見込であることを回答して、鋭意工事の完成に努力を傾倒したが、遂にその実現を見ずして終つた控訴人のこの窮情に対し、一方被控訴人はその間及びその後においても何等技術上の援助をしないばかりか、本訴提起によつて契約金の支払を求めるにのみ急にして、恰かもその後における履行遅延を理由に契約金の累加を所期するが如く、本件工事について一切の協力を排し、他に適当な手段を執ることもなく以て右工事の完遂なきまま今日に至つているのが実状である。

以上認定の諸般の事実を考量しつつ且つこれら事実に照して考うるに、被控訴人としては、請負契約の初からその後控訴人と本件違約金契約(以下単に本件契約と称す)を締結するに至るまでの経緯に鑑み、訴外岩瀬鉄工ないし控訴会社において、最早被控訴人の技術上の協力なくしては、本件電解槽の如き高度の技術と精巧な資材を要すべき工事の完成を、期待することの到底至難なることを十分了知していたことは、推認するに難くないところであり、さればこそ本件契約の締結に当り控訴人の要請に対し、好意的にもせよ技術の援助を約して本件契約の締結を応諾せしめながら、その後も一切の協力を拒み、前示認定の事情の下においても猶且つ相手方の窮境を顧みることなく、ひたすら厳格な義務の履行を追求し、その遅滞を理由に累加すべき月額二十万円というが如き莫大な契約金の支払をその遅滞の続く限り無制限に要求するが如きは、徒らに権利の行使に藉口して一方当事者(相手方)に対し、難きを強いるものと謂うべく、被控訴人としては前叙事情の推移変遷の際に処するに当り、たとい法律上の義務違反には渉らざるも相手方に対する信義誠実の態度に著しく欠けるものあり、かかる権利の行使は無制限に許容できないと断定せざるを得ない。しかしながら一方控訴人としても、前示被控訴人の好意的技術援助あるべきことを期待していたとはいうものの、所期の如き援助を得られなかつたからといつて履行遅滞の責を、全面的に排除してこれを被控訴人の側に転嫁し得べき道理はない。兎もあれ控訴会社においては、当時の事情の下に為し得る限りを尽して工事を続け、最後に昭和二十四年十月末までには必ず完成すべき旨被控訴人に通告しているのであるから、少くとも同日までには被控訴人においてもその工事の完成あるべきことを所期すべく、自らの申出によりかくの如き期待を持たせるに至つた控訴人としては少くもこの期間の限度において右被控訴人の技術援助の有無に拘らず、履行遅滞を理由とする本件契約上の支払義務を免れないとせねばならぬ。

控訴人は、本件契約金支払義務ありとするもそれは、(A)両当事者によつて双方の協力によつて完成引渡あることが絶対に可能なりと確信せられた、昭和二十四年五月末までの分に局限せらるべきであると主張するが、本件契約は前示認定の如く請負契約の履行確保と、一部過去に溯り履行遅滞による賠償額の予定として定められたものである以上、最終の履行期を昭和二十四年五月末日とし、双方共右期日に履行あるべきことを確信していたとしても、未だ履行のない限りこの期日を過ぐるも契約金支払義務の存続することは、当然であると解すべく、(B)また昭和二十四年八月十六日頃被控訴会社代表者金子靖夫が前示佐藤孫左衛門を招き、本件工事につき控訴会社に指導や協力を与えないよう勧告したと主張し、当審証人佐藤孫左衛門の証言によれば、日時の点は明確でないが本件電解槽の検査等につき両者要談の席上、かくの如き趣旨の発言のあつたことは窺えないでもないが、かくの如きは被控訴会社において技術上の援助を拒否した一事情と目すべきも、この点を捉えて直ちに控訴人の工事施工の妨害行為とし、爾後の遅滞の責を免れしめるとか、若しくは信義則上爾後の契約金支払の免責事由たり得る程の背信的行為とも認められないから、前示契約金の支払義務も前同日限りに限局せらるべきである。との主張も採用できない。更に(C)前掲事実摘示中控訴人の主張第二、抗弁(五)の(二)の主張事実(右は昭和二十八年九月三十日の本件口頭弁論期日において控訴人が新たに主張したものであるが、これに対し被控訴人は時機に後れた防禦方法であるとして却下を求めるけれども、右主張事実の有無はその発生当時直ちに控訴人において直接関知し得べくもなく、本件訴訟の経過により始めて知つたという控訴人のいうところも首肯できるから、右時機に後れて主張したことが必ずしも控訴人の故意または重大な過失に基ずくものとも謂い難く、訴訟の完結を遅延せしめるとも認められないから、被控訴人の右形式上の抗弁は理由がない)を前提とし、かくの如く被控訴会社は昭和二十四年十一月当時既に本件電解槽を使用して事業を営む能力を喪失し、その引渡を受くべき事業上の利益は存しなくなつたのであるから、本件契約金を請求する利益も同時に喪失し、本訴請求は右範囲において失当である。との主張については、前段説示の如く当裁判所は、被控訴人の本件契約に基ずく権利の行使は信義則の適用上昭和二十四年十月分までの契約金の支払を求める範囲において許容せらるべく、爾後の分についての権利行使は許さるべきでない。と判定したのであるから、昭和二十四年十一月以後に生じた事実を前提とし、その後に亘る本訴請求は右の範囲において失当であるとの右主張は、判断を用うる要を見ないのみならず、仮りに控訴人の右主張が、信義則上本件契約に基ずく権利行使を全面的に許容さるべきでないとの趣旨を含むと解しても、弁論の全趣旨並びに当審証人小野伝次郎(第二回)、同橘田多里(第二回)の各証言及び当審における被控訴会社代表者金子靖夫の尋問の結果(第三回)によれば、被控訴会社において事業の運営その他について相当窮迫の状態に追い込まれていることは否定できないが右は事業設備の一として本件電解槽の完成引渡のないこともその一因をしていることを窺い得るのであるから、たとい被控訴会社の協力がなかつたとはいえ、自己の不履行を看過し、逆にこの点を捉え来つて、相手方の権利行使を云為するのは当らない。

以上説示の如く当裁判所は、本件につき債権者債務者間の衡平関係確保の観点からする信義則の適用上、被控訴人の前示契約に基ずく月割を以て定められた違約金の請求につき、昭和二十四年十一月以降の分についてはその権利の行使は許容できないと判断したのであるが、賠償額の予定(違約金はこれを賠償額の予定と推定すべきものである)に関する民法第四百二十条の規定と関連して、左のとおり附言して置く。

なるほど同条によれば、賠償額の予定については裁判所その額を増減することを得ずとし、旧利息制限法第五条の如き例外を除き賠償額予定の自由を以て原則としている。しかしこの契約自由の原則を過重する民法の規定も、賠償額の予定そのものが一般公序良俗に反すると認められる場合には、その全部若しくは一部を無効と解するを妨げないこと当然の事理である如く、前説示のように月額を以て定められた違約金につき信義誠実の原則上その権利の行使が著しく衡平を失するものと認めらるべき時期以後の分を許容できないとしてその請求を斥けることは、決して前記民法の規定に牴触するものでないと解する。

してみると控訴人に対し本件契約に基ずき、昭和二十四年三月分の残金十万円及び同年四月分以降完成品引渡未了期間中の昭和二十九年一月分まで一ケ月金二十万円の割合による違約金一千百六十万円右合計金一千百七十万円の支払を求める被控訴人の本訴請求は、昭和二十四年三月分の残金十万円及び同年四月分以降同年十月分まで一ケ月金二十万円の割合による計金百四十万円右合計金百五十万円の限度において、正当としてこれを認容すべきも、その余は失当としてこれを棄却すべく、原判決主文第一、二項を本判決主文第二項以下表示の如く変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

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